空港について(旅と孤独と、『世界の美しい空港』)
最近北海道へ旅行するにあたり、羽田空港および新千歳空港を利用する機会がありました。
そこで、齢27にして初めて気づいたのです。私、空港、好きだ、と。
なぜならそこは、永遠に旅の中にある場所だから。
もともと旅行は嫌いではありません。そんな頻繁に行くわけじゃないけど、外国を一週間ばかしふらふらするような機会もなかったわけではない。
旅は、そりゃあ楽しいです。けれども、一人旅をしたことのある人なら、旅の恐ろしさもきっとご存知でしょう。
スリとかテロとか病気とかではないのです。そんなことは問題ではないのです。恐ろしいのは、帰り道です。より正確に言うならば、帰り道がないことです。異国の夕暮れ、ホテルへ向かいながら(あるいはホテルを探しながら)歩くとき、あるとき突然はっと気がついてしまう瞬間がある。それは魔が差すような瞬間です。今このとき、周りの人はみんな家路を歩いている。自分だけが、別の道を歩いている。そのことに気づいてしまう。それはとんでもない孤独です。少なくとも私にとっては、それこそが、この世に生まれ落ちてからこの方知る限りの最大の恐怖でした。
旅はさびしさと紙一重のところにあるもの。
さびしさは嫉妬と仲が良い。
いつからか私は旅の雑誌や写真集のたぐいもあんまり心からは楽しめなくなりました。どんな美しい風景だって、そこが人間の土地である限り、私はそこに参入できないように思うのです。そこには人間がいます。生活があります。そこに行ったとしたら私は一人です。
遺跡の写真集は、よいものです。それは過去にあった場所ですから、もう誰もそこには辿り着けません。そのことは私の妬み心を慰めてくれます。でも、木や煉瓦だけじゃなくて、コンクリートやガラスだって私はやっぱり好きなわけで、だからそこにもどかしさはあったのです。
そこで、空港です。
どうして今まで空港の魅力が分からなかったんだろう! 空港。そこでは、誰もがその場限りの人なのです。みんなどこかへ行く途中なのです。(勿論、厳密に言えば、職員はいるわけですが)
だから、逆説的に、誰もがそこにいてもいい人なのです。誰もそこでは一人にならずに済むのです。誰もがどこかへ行く途中だということは、そこにいる限りは、私がどこへも辿り着けずにいたとしても、それは許容されるのです。
付け加えるならば、それが本質的に人間のための場所ではないという点。空港は飛行機のための場所なのです。その構造の巨大さが、私たちが一人ぼっちであるということを引き立ててくれます。夜中そこに辿り着いた旅人が、どこで寝っ転がったって、空港の果てしない広さはそれを許容してくれるでしょう。
素晴らしいじゃありませんか、空港。
というわけで、すっかり空港萌えにとりつかれた私は、『世界の美しい空港』(宝島社 2012年)なる本を手にとってみました。めくってもめくっても空港! 日本の空港の様々な設備や、空港のはたらく車や、空港の中の文字デザインの話なんかも盛りだくさんの内容だったのですが、メインはやっぱり空港の写真です。
世の中にはいろんな空港があるもんだなあ。直線だったり丸かったり、色とりどりだったり白く清潔だったり。
で、せっかくなので、上記のような私の空港観に則って、勝手な空港ベスト3を選出しました。空港の機能性とか建築史とか完全無視。ひたすら、イイ感じに孤独に浸れそうな空港という視点で選びます。そんな褒められ方、多分誰もされたくないでしょう。すみません。
第3位 マイアミ国際空港
RAINBOW PATHWAY AT MIAMI INTERNATIONAL AIRPORT » Art of Miami
Rainbow Diamonds | Miami Daily Photo
空港とは最も空に近い建物である、という根本的な部分を思い出させてくれる通路。光の色の移り変わりが、いい感じに酩酊状態へ持って行ってくれそう。この通路を、どこまでも歩いて行きたい……。そんな気持ちにさせてくれると思います。
第2位 北京首都国際空港
Bangunan Terluas Di Dunia | Ngalor Ngidul bersama si Hitam Manis
Photos: Terminal 3 of Beijing International Airport conducts test run - The Official Website of the Beijing 2008 Olympic Games
空港とは断じて人間のための場所ではない。そのことをまざまざと見せつけてくれる、暴力的なまでに広大なロビー。ここでなら永遠の迷子になれそう。どこまでも続く直線性、響きあうような反復がグッド。空間が物量のように視認できる。
第1位 チューリッヒ空港
Flughafen Zurich photo by Julian Rubinstein | Julian Rubinstein
Drooling Over the Design at the Zurich Airport | Hatch: The Design Public® Blog
整然たる力強さ。切なくなるくらいの正確さ。断言するが、こうしたシンプルさこそがかえって、最もドラマチックに、人間の郷愁や自己憐憫を引き立ててくれるだろう。この場所で椅子に腰掛けているだけでも私は泣けるだろう。窓の向こうの鏡文字が堪らなく愛おしい。
ダントツ。
広い空への憧れも、はたらく機械へのときめきもない空港萌え。お分かりいただけたでしょうか。
あと、でも、なんだかんだ言っても、羽田で東京土産を探したり成田でグルメったりしたい気持ちもあります。近いうち遊びに行ってきます。そんな空港も、またアリです。
いい空港があったら教えてください。そこで孤独に浸る想像をします。