レザークラフト関係は、歩鳥堂に移行しました。

個別の記事は残してありますが、今後レザクラ・革もの関係の更新はこちらのサイトで行います。

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よろしくお願いします。

SF漫画強化月間

4月はSF小説強化月間だったけど、5月はSF漫画強化月間だった。
というわけで今月摂取したSF漫画について記録しておく。漫画は読書メーターに登録しない自分ルールなので。

銃夢』の方は永遠に心に残るSF漫画だった。Last Orderはバトル漫画として面白い。理屈は読み飛ばしてるけど。サイボーグものはやっぱり、肉体損壊しまくってしまくっても復活できるので安心して肉体損壊を眺められるからいいよね。

恋と戦い。変化する世界と変化する自分と、その中心にいる(そして多分あんまり変わらないし、変わってほしくないと願われているんだろう)あの子、いわゆるひとつの幼年期の終わり。SFと青春って、こんなにもよく合うんだなぁ、と思わされる逸品。
舞城はまた、本当に当たり前のことを本当に当たり前に言う作家だなぁと思うんだけれども、そんな当たり前の気持ちや願いが「外側」に劇的に現れるのはSF漫画の良さをふんだんに使っているし、漫画家の筆も合っているよね。1巻だけだけど、期待大。

ただひとつの特殊な状況の下で、理不尽に設定されたルールの中で、無力ながらも創意工夫を凝らして生き抜く、という物語が好きで、だからゾンビ映画も好きなんだけれども、これも(些かルールが多くはあるのだが)その手の話。なんか微妙な田舎の住宅街の中で、所帯くさいねーちゃん(なにせ途中までずっとエプロンにつっかけ姿なのだ)とじじいとガキと禿たおっさんと引きこもりの兄ちゃんという構成の一家が命がけで戦うのである。この絶妙の距離感。現実との距離感、それがSFにおいて重要な要素ですね。

台詞全部読んだら頭おかしくなりそうだったし最後の方朦朧としていたので、いつか全部台詞拾って読もうと思うけど、なんだか訳の分からん快楽がある漫画だった。泥の中を手探りで這い進んでついに抜けたーー!!みたいな。抜けた先がどこなのかは分からん。
また主人公の暮らしっぷりがうら寂れていて、登場人物たちの自意識のありようがリアルで、現実の上でひとつ捻じった上でリアルを積み上げるというよりは、根底がダイナミックに斜めにズレているのにその上は精緻に設定と物語を組み立てていて、すっごい気持ち悪くて素晴らしかった。

原作読んでないけど漫画から読んじゃった。外国で通用するスキルがなきゃ駄目だぜとか言い出したかと思えばラストではなんだかんだ言って雇用確保してもらってた。という読み方しかできなかったのは私の読みが偏っているのかもしれない。あとタイムスリップにはびっくりした。

  • 貴家悠、橘賢一『テラフォーマーズ』

SFかはさておき、なんかこう、駆逐系バトルと怪物映画とムシキングみたいな楽しみ方とを混ぜ混ぜしたような話の作り、嫌いじゃぁないよ。

『彗星継父プロキオン』の方を読んだら面白かったので読んでみた。んだけど、プロキオンの方はまあSFではないかな。
こっちはSFである。そう思う。電気人間になってしまった少年がいかにして一般社会に適応するか、という大真面目な命題なのであるが、あるとあらゆる困難が主人公を襲う。『プロキオン』の方も、もしも継父が宇宙人でヒーローだったら、どんな不都合やすれ違いが生じるか、という「もしも」ストーリーが根本的な話の構造なのだけれども、こちらも同様の、一種の思考実験なのである。大げさに言うと。その規模のショボさ(なにせ主人公はかつて悪の組織にその体質を狙われて誘拐されており、電気によって悪の組織のアジトを全壊させて脱出しているのだが、それが愉快なサブキャラとのちょっとした過去話に過ぎないのだ。主眼はあくまでも、高校での生活である)こそが「これはSFだなぁ」と思わせるので不思議である。SFだなぁと私に思わせるものはいったいなんなのだろう。

宇宙怪獣ものであり、人型巨大ロボットものであり、おそらくは人間の認識というものが問題になっていくのだろうと思わせるが、まだ始まっていない。いや、物語は色々と波乱の展開を遂げているのだが、なんだかジワジワと進行していく妙な感じがあって、多分カタルシスはまだまだこれから始まるのだろう。そんな感じのする物語。
ヒロイン勢の半分が怪物なのがこの漫画の魅力。粘菌(?)系女子も触手つき巨神兵もマジかわいい。なにより主人公が彼女らをまったく堂々と受け入れ、ほのかな慕情の対象や友人・相棒として取り扱ってなんの疑問も葛藤ももたない。そうして展開されるほのぼのラブコメ……というのが、多分やがて、人間というものの認識に関わる物語に合流して主人公のテーマになるのかなぁ、と思ってるんだけど、どうなるんだろう。
ロボットの造形は実はいまだによく分かってないんだけど、コロニーの中の建築物がいちいち素晴らしくて、こんなところに連れて行かれたら、イザナ(ヒロイン勢の一人の中性兵士)が主人公に恋に落ちたとしても無理ないわーと思った。SF漫画がSF小説に対して持ってる強みってのには、こういう部分もあるよね。

名前だけはずっと知っていた古典的名作。古典だけあって、管理という言葉や、母親という概念が、ちょっとあからさまに振り上げられた拳のように時々気にはかかる。だがそれはそれとして、この物語の主眼は、人の生の中での意志というものや、誰もが孤独であるそのありようであろう。
女性性や男性性、管理や差別問題といったある種明瞭な事柄には、私は物語を読む上ではどうもあまりうまく入り込めなくて、いくらかのSFは間違いなく現代社会や私たちのこの頃の意識の問題についてのメタファーというものを内部に持って構成されているんだろうけれども、私はそういう物事は物語の到達地点の向こうに見える「真相」ではなくて、むしろ「土台」であるのが良かろうと思う。つまり、そう言って差し支えなければ「土台」はいわば下に置いてしまって、分かりやすさとして足場にした上で、その上にSFならではの特殊さを(これもまだ物語の「前提」として)積んで、さらにその上に、ようやくSFでしか語れない人間の心や生きようを描き出す「物語」を組み上げるのがいいんじゃあないか、と思うのである。とりあえず、SFを読もうと思って読み始めて2ヶ月の今は、そう思っている。
そういう意味ではこの漫画は、なるほどさすが、素晴らしくまとめ上げられた作品だなぁと思えた。キャラクターの造形がまた抜群。まさに古典的な冒険譚、少年が大人になる物語でもありながら、実に繊細なひだを持っている。