ジャック・カロ―リアリズムと奇想の劇場(上野 西洋美術館)
版画って、いいものだな……と思うようになったきっかけは町田市立国際版画美術館ですが、一番版画を観ているのは西洋美術館です。
実は知らない人が多くてびっくりするんですけど、西美は常設展示室の途中に、小企画室のようなものがあります。そこで大体いつもなにかテーマを決めて展示をやっているのですが、多いのが版画。西美の版画コレクション、すごいですよ! 西洋美術は油彩だけじゃないんや! 当たり前ですけど!
というわけで今回、企画展として開催されている「ジャック・カロ」展、行ってまいりました。
ジャック・カロ。今まで全然名前を知らない版画家だったのですが、いや、分かりやすかった。かなり見やすい展示構成だったと思います。
ローマでの修行時代から、フィレンツェを経て、ロレーヌへと至る遍歴。宮廷版画家として王家の人々の姿や王宮でのパレードの様子などを半ば記録的に宣伝的に版画にしていく中で、なるほどどんどん腕が上がっていくのを、版画の技法なんかも解説してくれることで見て取れる感じ。
そしてそのキャリアの中で、なぜか描かれる矮人や乞食、ジプシーたちといった「アウトサイダー」たち。あるいは、悲惨な戦場や教練する兵士たち。
確かに、うまいな、というのが、版画素人の私にも明らかに分かります。
カロのうまさのひとつに、エッチングにおいて技法的に難しかった「線の太さの差異をつける」ことを実現した、というのがあると解説されていました。それを駆使して、描かれた画面の中に近景、中景、遠景と何段階か(と描きましたが3段階よりもっとある)の区別をつけて、線の太さと濃さを分けて表現している。
特に、メディチ家の版画家をやっていた時代の〈狩り〉が、その技法が効いていて良かった。森の中の狩りの場面。木立の中を駆け抜けてぱっと森が切れたところ、小川の畔にいままさに鹿を追い詰めている。そうした情景の中で、一番近景にいる馬に乗った人物の姿は、線が太く濃く描かれているのですが、その上に木の影が落ちていてうっすら灰色に塗りつぶされている。遠景、川の方が明るいんです。細くかすかな線で描かれた動物たち。光はそこに当たっている。ばっちり技法がキマっていて、良くできた作品だと思います。
なんてことを語ってしまいましたが、本当は〈聖アントニウスの誘惑〉みたいなのが目当てで行ったのですよ。
ボスあたりの影響があるのだろうと解説されていましたが……画面を飛び交う悪魔たちの、可愛いこと可愛いこと! なんか珍妙な頭をしていたり変なものが飛び出していたりよく分からない飛び方をしていたりする悪魔たちが、地上を埋め尽くし空中を飛び交い、カロの執拗な筆で丹念に無数に描かれています。どこを見ても2つと似ていない生き物たちが、画面のあちこちでそれぞれになにかをやらかしている。断然可愛いし何時間でも観ていられるですよ!
と大変満足したのですが、同じ方向性で面白かったのがロレーヌの宮廷時代の連作〈槍試合〉。試合に入場してくる各候たちの、入場パレード的なものが描かれているのですが……山車が、とんでもない。なんかイルカに乗っていたり、まさに山そのまんまだったり、地獄の洞窟の風景だったり……なんですか、当時の宮廷の人たちは、どこまで凝った山車を作っていたんですか!?(もちろん、突如背景が海になっていたりするのを見るまでもなく、誇張と美化は当然あるのでしょうけれども) 本番の槍試合はわりとどーってことない感じに描かれていたりするのといい、なんとも言えない味わいのある連作です。
というわけで、ジャック・カロ展。版画をメインで、よくぞやってくれた!という感もあり、大変楽しく拝見いたしました。